梅雨前線は、春から盛夏への季節の移行期に、日本から中国大陸付近に出現する停滞前線で、一般的には、南北振動を繰り返しながら沖縄地方から東北地方へゆっくり北上します。平年では5月上旬の沖縄から梅雨入りし、7月下旬の東北北部で梅雨明けになります。気象学的には、南西季節風(夏季アジアモンスーン)の流入による水蒸気集中帯が見られること、亜熱帯高気圧の北縁に位置すること、300hPa面の強風軸(亜熱帯ジェット)に対応すること、チベット高気圧(300hPa)の北縁に対応することなどが指摘されています。水蒸気集中帯については、高相当温位線の集中帯の南縁を目安として解析されます(温度の南北傾度が不明瞭な場合)。また、水蒸気集中帯の南側では下層ほど対流不安定が大きくなっています。
初夏から夏にかけて大陸と海洋の熱的コントラストにより、夏季インド・アジアモンスーンが形成され、モンスーン流に伴って日本付近に南西からの大量の水蒸気が輸送されます。チベット高原は熱力学的効果を通じてモンスーンを強化します。チベット高原の上空では高気圧性循環が形成され(チベット高気圧)、上層の強風帯と相互作用して中国南部から日本付近にかけて上空に北から乾燥・寒気移流を形成します。上層の乾燥した冷たい気流と下層のモンスーンに伴う南西からの湿った暖かい気流が交差することにより対流不安定を引き起こし、上層風に対応して降水帯(梅雨)が形成されます。季節進行に伴い、上空の偏西風帯が弱まり強風軸も北上します。上空の乾燥・寒気移流が弱まりに伴って降水帯が北上弱化し、日本付近は太平洋高気圧に覆われる日が多くなります(梅雨明け)。
線状降水帯は、一般的に梅雨前線に対応して形成されることが多く、梅雨前線帯の中でも対流活動が活発な場所(水蒸気輸送帯の南縁付近の下層での対流不安定の大きな場所)で発生しやすいと考えられています。線状降水帯は、「次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなし数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される、長さ50~300km程度、幅20~50km程度の線状に伸びる強い降水域」として定義されています。線状降水帯は数値予報モデルでの再現が難しく、発生に必要となる水蒸気の量、大気の安定度、各高度の風など複数の要素が複雑に関係しており、線状降水帯の発生条件や強化、維持するメカニズムはよくわかっていません。広域での形成要因以外に、個々の積乱雲(対流システム)同士の相互作用や、局地的な地形との相互作用など複雑系(カオス的な振る舞い)が顕著になっている可能性も示唆されます。最初の積乱雲がどこに発生するかにより、線状降水帯の形成位置が大きく影響されます。数値モデルでは個々の積乱雲(対流システム)の発生、発達、衰退を正確に再現することが極めて困難であり、再現の難しさの原因の一つになっていると示唆されます。最近の機械学習でも関連した研究が多く行われていますが、少ない観測データで線状降水帯のカオス的特性を正確に認識できるのか、期待したい半面、懐疑的でもあります。一方で、線状降水帯が発生しやすい広域での気象条件はわかっていますので、数値予報から発生しやすい状況であることを把握して、災害リスクを低減することは可能です。気象庁では、線状降水帯による大雨の半日程度前からの呼びかけ、顕著な大雨に関する気象情報が提供されています。大雨警報やキキクル(危険度分布)と合わせて活用することで、より適切な判断、行動が可能になると思われます。
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https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2007/2007_05_0009.pdf
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jgeography1889/106/2/106_2_270/_pdf
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/kishojoho_senjoukousuitai.html
https://www.jma.go.jp/bosai/risk/#zoom:5/lat:34.234512/lon:136.691895/colordepth:deep/elements:land
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